おつきさまの記。

不登校の話とか、教育の話とか。短歌とか。その他諸々、日々の徒然。

不登校のゴールとは、どこにあるのか。

 この間のブログに書いた講演では、聞いてくださった方々から、感想をいただきました。その中で印象的だったのが、次のような内容のものです。

 

不登校を乗り越えた、という趣旨の講演会でしたが、お話しされた方は、まだ不登校に苦しんでいるように感じました。」

 

その通りです。

 

私は、ある意味では不登校を乗り越えましたが、ある意味では乗り越えていません。

 

文部科学省の定義によると、

○「不登校」とは,何らかの心理的,情緒的,身体的,あるいは社会的要因・背景により,児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にある者 (ただし,「病気」や「経済的理由」による者を除く。)。

を指します。その定義においては、私は不登校を抜け出しています。中学校には行かない時期がありましたが、高校、大学と休みなく通学することができましたから。

 

さて、ここで、改めて私がなぜ不登校になったのか、という理由を掘り下げてみようと思います。

 

1.自分の性格に由来するもの

私は、中学時代にクラスでいじめを受けていました。当時はいじめ、ということを認めたくなくて否定していたのですが、日頃から聞こえよがしに悪口を言われ、クラスメイトには無視され、風邪で休んだ翌日には机に落書きをたくさんされていたので、やはりあれはいじめと呼んでよいでしょう。

そんな状態では学校が楽しいはずもなく、いろいろショックを受ける出来事が重なって、学校から足が遠のいていきました。

そもそも、なぜいじめられるような事態になったのか。「いじめられる本人に問題がある」という言い方は決してしてはいけないと言われますし、私も相手が少し変わっているからと言っていじめてよいとは思いません。しかし、当時の私を振り返ると、いじめられやすい要素は持っていました。

たとえば、周りに合わせて話ができないところ。当時クラスでは下ネタが大流行しており、私の友人も口々にその手の話題に乗っていました。特にそういうものに対して潔癖なまでに嫌悪感を抱く私は、そういうときには嫌そうな顔をして黙っていました。適当に合わせてヘラヘラしていた方がうまくいくのに、それができなかったのです。そうこうしているうちに、仲良しと距離が開いていき、疎んじられるようになっていきました。

内向的でしたし、休み時間には本を読むような子供。まじめで、何の面白みもない。外見にもさほど気を遣っていなかったので、「キモいキモい」とよく言われていました。

今では外見には気を遣うようになりましたが、内向的なところ、人と同じことができないところ、周囲の空気を読んで合わせられないところなど、内面はあまり変わっていません。

 

2.家庭環境に由来するもの

まるで昼ドラみたいな、父母ともに家庭外の異性とずぶずぶと家庭で育ちました。家庭が荒れ出したのが中学生のころ。その煽りを受けた結果、不登校につながったようにも感じます。母は精神的に不安定で、とても相談できる状態ではありませんでしたから。

今でも実家は微妙な状態ですし、私がそういう家庭で育ったこと、その影響を十分に受けたことには変わりありません。

 

わざわざこうして挙げたのは、不登校の原因になった事柄が、根本的には何も改善されていないことを示すためです。

原因が改善されていないという点では、私は未だに不登校を乗り越えてはいないのです。

 

そもそも、不登校になったとき、その目標は「克服すること=学校に通うこと」ではありません。それは確かに、通いたくても通えない苦しい状態よりは、学校に楽しく通えた方がよいでしょう。ただし、学校に通えたからといって、集団生活に馴染むのが苦手だという性格などが、まったくなくなるわけではありません。

むしろ、そういう性質が自分にあるのを認め、折り合いをつけていくことこそが、不登校の子供が幸せに生きていくために必要なことなのではないでしょうか。

「人と同じことはできないけど、それは個性として認めてもらうしかない。」と諦めたり、「集団行動は苦手だからつらいけど、ここだけはちょっと頑張っておこう。」と踏ん張ったり、「集団に馴染めないから、自分のことをわかってもらえそうな、少人数の職場で働こう」と決断したり。

自分のことをよく知り、努力すべきところとしなくてよいところ、努力してできることとできないことをはっきりさせ、自分が苦しまずにできる範囲を模索してゆく。その結果、社会で楽しく生活できるようになることこそが、大切なのだと思います。

 

学校に通うことではなく、社会で自分の個性を殺さずに生きていく力を身につけること。それが、不登校のゴールだと考えています。